働くことは生きること! 【大人のハタラク】応援サイト、ハタラク.com。

正社員で給与アップも、リサーチ不足でブラック企業へ、失敗転職談。

転職体験記 no.003:

介護士 40代 50代 女性 転職体験記
  • M.Oさん(当時52歳)
  • 前職:福祉・教育・障害児保育、契約社員、年収160万
  • 現職:福祉・教育・障害児保育、正社員、年収200万
  • 転職期間:1カ月・応募:2社・面接:2社
  • 利用したサービス:ハローワーク
  • 成功?失敗?:結果的には失敗。現在再びの転職活動中!

転職前:誰かの助けになれる、やりがいのある仕事。

私の仕事は、日々気苦労の絶えないご家族に安らぎの時間を作ること。

重度の障害を持ったお子さんを自宅で介護しているご家族がいます。そして「少しの時間でいいから体を休めたい」「冠婚葬祭や家族の行事などに参加したい」など、切実な思いを抱えています。

少しの間だけでも自分の時間を持っていただくため、お子さんを一定期間お預かりして面倒をみることを「レスパイトケア」と言います。このレスパイトケアを中心とした障害児保育が私の仕事でした。

私の資格は、お子さんやご家族をしっかりサポートするためのもの。

幼稚園教諭免許と小学校教諭普通免許を持っており、働きながらヘルパー2級を取得しました。児童指導員に該当する実務経験があります。

大変な仕事ですが、やりがいも多く、子どもたちとともに自分も成長していける喜びを感じながら、日々楽しく働いていました。

転職の理由:契約通りの円満退社…?

契約社員として3年間の契約で雇われており、契約期間満了とともに退社となりました。

私から契約更新を願い出ることもできたと思いますが、160万円の年収は、52歳1人暮らしの私にとって、十分足りているとは言えませんでした。

「給与や労働条件を改善してもらえたら…」と考えることもありましたが、他の職員は同じ厳しい環境でも熱心に仕事をしています。私だけが「給与を上げてくれ」と要求することに若干の後ろめたさがあり、自分の控えめな性格も手伝って、結局、言えないまま退職日を迎えました。

転職の難しさ:福祉・介護の仕事の現実。

まずはハローワークへ。契約社員だった時は、ボーナスも昇給もなし。今回の転職では、本来の「障害のある児童をもつ家族を支える」という目的のほかに、「給与アップ」と「正社員」を意識して探しました。

福祉・介護の求人はたくさんあります。専用の相談コーナーや説明会などもあり、働き手が足りず多くの経験者や専門家を必要としている分野だと分かります。しかし、専門的なスキルや知識、長期の経験を持っていたとしても、給与は低く、労働条件が過酷な現場が多いことを実感しました。

転職の分岐点:正社員と給与アップを優先する。

1ヵ月の転職活動の中で2社に応募し、どちらからも内定をいただきました。

2番目に受けた事業所の面接では、経営者が高圧的で、私の答えが気に入らないと不機嫌になるのを感じました。ことばの端々に「福祉は聖職だ」「過酷で当たり前だ」という圧力を感じ、「具体的な仕事の内容」「残業や休みの現状」「職場の雰囲気」などの一歩踏み込んだ質問をすることができませんでした。

この、その場の雰囲気に呑まれて自己主張できない私の性格が、今回の転職の失敗を招く結果になったのかもしれません。

面接での印象は良いとは言えませんでしたが、正社員として働けて給与が少し良くなる2番目の会社を選びました。

転職後:劣悪な環境に耐えられず退社。再びの転職へ。

子どもたちと丁寧に向き合える、やりがいのある仕事。

転職後の仕事は、障がいを持つお子さんを放課後もしくは長期休暇中にお預りして療育や施設外活動を行う、というものでした。さらに、療育により生きづらさを克服し、将来的には自分の力で生活していけるように支援していく、専門性の高い仕事です。

私が希望していた内容そのものであり、私は希望に満ち満ちて仕事をスタートしたのです。

すんなり入れた会社は、実はブラック企業だった。

初出勤の日に「スマホと通勤用の車を購入するように」遠まわしに言われました。求人情報に「車を持っていること」という条件はなく、面接や会社説明でも何も言われなかったので驚きました。

業務に使用するスマホを個人で用意させ、休日にもラインが流れ続け、見ていないと激しく注意されます。自分の電話番号を通知して、学校や保護者の方とやりとりする事に違和感がありました。

週1日の休みしかない状態でしたが、施設外活動に関しては現地まで行って計画を立てることになっており、担当になった週は、自分の車で休日を返上して行かなくてはなりません。また、送迎(会社の車で)の際、車の中に忘れものがあった場合、その日の就業後にご自宅まで届けに行くと決まっていて、これもみな自分の車を使用していました。

車を購入しなかった私は、施設活動の計画の時も、忘れ物のお届けの時も、誰かにお願いせねばならず、とても心苦しい思いをしました。

精神的にも体力的にも限界で無念の退職。

経営者は威圧的で傲慢な性格で、意見を言える人はいませんでした。気まぐれに変わる彼の一言に社員はみな振り回されていました。

残業も多く、ほとんどがサービス残業。給与体系がどうなっているかもよく分からず、昼休みも十分に取れず、それ以上仕事を続けていくことはできませんでした。

https://hataraq.com/wp-content/uploads/2019/10/woman01-soso.png
M.Oさん

今回の転職は失敗でしたが、放課後等デイサービスの業務内容を把握できたことは良かったと思います。次回は、見学や実習をしっかりと行い、職場の雰囲気を確認して入社を決めたいです!

https://hataraq.com/wp-content/uploads/2019/09/biwawan-2.png
agenasubi

面接のときのお気持ち、ちょっと分かります…。これだけの資格と経験と真摯なやる気をお持ちのM.Oさん。課題は「どうやって選ばれるか」よりも「どうやって選ぶか」なのかもしれませんね。

Images: www.freepik.com